歴史
この路線が通る谷は古くからの輸送の動脈であった。明治期に入っても甲府盆地と駿河湾の間の物流は富士川の舟運によって担われ、その川の物流は19世紀後半に最盛期を迎えていた。中央線の計画に際しては富士川沿いに北上して甲府へ至るルートも構想されたが、実際には八王子経由のルートが採用され、中央線は1903年に甲府まで開通した。これに先立つ1890年6月26日には、富士馬車鉄道が東海道本線の鈴川(現在の吉原)から、現在の路線の南端にあたる大宮(現在の富士宮)までの馬車鉄道を開業していた。
鉄道としてのこの路線は、富士急行の創業者である堀内良平が計画した私鉄、富士身延鉄道の事業であった。同社は1912年4月26日に設立され、馬車鉄道事業者の路線を譲り受けた。1913年7月20日には富士 - 大宮町(現在の富士宮)間に蒸気鉄道を開業してその区間の馬車鉄道に代え、以後谷沿いに北へと順次延伸し、1920年5月18日に日蓮宗総本山久遠寺の玄関口である身延に達した。
電化が決定されて全線にわたって実施され、1927年6月20日には富士 - 身延間が電化されて電車運転が始まり、以後に開通した区間は当初から電化された。鉄道は身延の先へと進み、1927年12月には市川大門まで開業し、1928年3月30日には最後の市川大門 - 甲府間が開通して富士から甲府までの全線が開通した。当時、甲府 - 富士間の所要時間は約3時間であった。
全線開通の10年後の1938年10月1日に、路線は政府に借り上げられ、鉄道省の管理下に入った。そして1941年5月1日に国有化され、国営の身延線となった。国有化後、この路線初の優等列車は1960年代に登場し、準急「富士川」が1964年3月20日に富士 - 甲府間で運転を開始し、同年に東海道新幹線が開業すると、接続のため1往復の運転区間が静岡まで延長された。
南端の富士駅付近では線路が大きく作り替えられた。富士 - 入山瀬間が経路変更され高架化されるとともに、富士の分岐が付け替えられて、東京方面から到着する団体列車や直通列車がスイッチバックを要しないように改められた。高架化により国道1号との踏切の渋滞も緩和された。それまで全線単線であった身延線の富士 - 富士宮間では1969年から複線化工事が進められ、1974年9月27日に完成した。
列車集中制御装置(CTC)は1982年2月25日に使用が開始された。国鉄の分割民営化に伴い、1987年4月1日に東海旅客鉄道が身延線の運営を引き継ぎ、同日に富士 - 東花輪間の貨物営業は廃止された。1980年代後半以降は、1両編成の列車やワンマン運転の導入、駅の営業縮小などの合理化が進められた。
現在、身延線は1995年10月1日に急行から格上げされ、373系電車で富士を経由して甲府 - 静岡間を結ぶ特急「ふじかわ」と、313系電車で運転される各駅停車の普通列車を走らせている。普通列車は、富士 - 西富士宮間および鰍沢口 - 甲府間で、その間の山間部に比べて運転本数が多い。富士山と赤石山脈に挟まれた富士川沿いを走るこの路線は、富士・富士宮・甲府の各都市を結んでいる。
この路線の駅
本マップ収録の全39駅(五十音順)。各駅を選ぶとその駅のページを開けます。
- 芦川Ashigawa
- 井出Ide
- 稲子Inako (Shizuoka)
- 塩之沢Shionosawa
- 下部温泉Shimobe-onsen
- 鰍沢口Kajikazawaguchi
- 寄畑Yorihata
- 久那土Kunado
- 金手Kanente
- 源道寺Gendoji
- 甲斐岩間Kai-Iwama
- 甲斐住吉Kai-Sumiyoshi
- 甲斐上野Kai-Ueno
- 甲斐常葉Kai-Tokiwa
- 甲斐大島Kai-Oshima
- 甲府Kofu
- 国母Kokubo
- 市ノ瀬Ichinose
- 市川大門Ichikawa-Daimon
- 市川本町Ichikawa-Hommachi
- 芝川Shibakawa
- 十島Toshima (Yamanashi)
- 小井川Koikawa (Yamanashi)
- 沼久保Numakubo
- 常永Joei
- 身延Minobu
- 西富士宮Nishi-Fujinomiya
- 善光寺Zenkoji
- 竪堀Tatebori
- 東花輪Higashi-Hanawa
- 内船Utsubuna
- 南甲府Minami-Kofu
- 入山瀬Iriyamase
- 波高島Hadakajima
- 富士Fuji
- 富士宮Fujinomiya
- 富士根Fujine (Shizuoka)
- 柚木Yunoki (JR Central)
- 落居Ochii
年表
- 18906月26日:富士馬車鉄道が東海道本線の鈴川(現在の吉原) - 大宮(現在の富士宮)間に馬車鉄道を開業。現在の路線の南端にあたる。
- 19124月26日:私鉄の富士身延鉄道が設立され、馬車鉄道事業者の路線を譲り受ける。
- 19137月20日:富士身延鉄道が富士 - 大宮町(現在の富士宮)間に蒸気鉄道を開業し、その区間の馬車鉄道に代える。
- 19205月18日:日蓮宗総本山久遠寺の玄関口である身延まで延伸。
- 19276月20日:富士 - 身延間が電化され電車運転を開始。12月17日には市川大門まで延伸。
- 19283月30日:市川大門 - 甲府間が開通して富士 - 甲府間が全通。当時の甲府 - 富士間の所要時間は約3時間。
- 193810月1日:全線開通の10年後、路線が政府に借り上げられ、鉄道省の管理下に入る。
- 19415月1日:国有化され、国営の身延線となる。
- 19643月20日:身延線初の優等列車として準急「富士川」が富士 - 甲府間で運転を開始。
- 1969富士 - 富士宮間の複線化工事が始まる。
- 19749月27日:富士 - 富士宮間の複線化が完成。
- 19822月25日:列車集中制御装置(CTC)が使用開始。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が継承し、富士 - 東花輪間の貨物営業は廃止される。
- 199510月1日:急行「富士川」が廃止され、特急「ふじかわ」へ格上げ。富士を経由して甲府 - 静岡間を結ぶ。