歴史
鉄道は私設の唐津興業鉄道として始まり、1898年12月1日に最初の区間である山本から妙見(現在の西唐津)を経て大島の貨物駅までを、松浦川の西岸沿いの線形で開業した。当初からの目的は、唐津炭田の石炭を港へ運ぶことであった。会社は翌年さらに内陸へと延ばし、1899年6月13日に厳木 - 山本間を、同年12月25日に莇原 - 厳木間を開業した。
1900年4月には唐津鉄道へと社名を変更し、1902年2月23日には九州鉄道に合併された。九州鉄道は1903年12月14日に久保田 - 莇原間を開業して全通させ、久保田で現在の長崎本線と路線を接続させた。1905年には妙見駅が西唐津駅に改称された。
1907年7月1日、九州鉄道は鉄道国有法により買収・国有化され、唐津線は官営鉄道の一部となった。1898年から1912年にかけては、個々の炭鉱へ向かう貨物専用支線がいくつも敷かれた。
のちに直通運転を行うことになる隣接の筑肥線は、1929年に松浦川の東岸沿いに東唐津から山本まで延伸され、山本で唐津線と接続した。1956年5月15日には列車が気動車に置き換えられ、無煙化が達成された。
その後、支線網は解体されていった。1971年8月20日に山本 - 岸嶽間の支線が廃止され、1982年11月15日には貨物専用支線の最後となる西唐津 - 大島間の支線が廃止された。1983年3月22日には筑肥線が唐津で分岐するよう改築されると同時に、唐津 - 西唐津間が筑肥線の電化に合わせて直流1,500ボルトで電化され、同年9月30日には久保田 - 西唐津間の全線でCTC(列車集中制御装置)の使用が開始された。路線の貨物営業は1986年11月1日に全廃された。
日本国有鉄道の分割民営化に伴い、唐津線は1987年4月1日に新たに発足した九州旅客鉄道(JR九州)へ引き継がれ、以後同社が運営している。現在、線内の全列車が各駅に停車し、運行は筑肥線と密接に結び付いている。筑肥線の西側(伊万里方面)・東側両区間からの直通列車が乗り入れ、電化された唐津 - 西唐津間には筑肥線の姪浜方面、さらには福岡市地下鉄空港線へ直通する列車も入ってくる。久保田からの列車は長崎本線に乗り入れて佐賀まで運転される。
この路線の駅
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年表
- 189812月1日:私設の唐津興業鉄道が、松浦川西岸沿いに最初の区間である山本 - 妙見(現・西唐津) - 大島間を開業し、石炭を唐津港へ運ぶ。
- 18996月13日:山本から内陸の厳木まで延伸。
- 189912月25日:厳木から莇原まで延伸。
- 19004月18日:唐津興業鉄道が唐津鉄道に社名変更。
- 19022月23日:唐津鉄道が九州鉄道に合併される。
- 190312月14日:久保田 - 莇原間が開業して全通し、久保田で現在の長崎本線と接続する。
- 190510月11日:妙見駅を西唐津駅に改称。
- 19077月1日:鉄道国有法により九州鉄道が買収・国有化され、唐津線は官営鉄道の一部となる。
- 1929筑肥線が松浦川東岸沿いに東唐津から山本まで延伸され、山本で唐津線と接続する。
- 19565月15日:列車が気動車に置き換えられ、無煙化される。
- 19718月20日:山本 - 岸嶽間の支線が廃止される。
- 198211月15日:貨物専用支線の最後となる西唐津 - 大島間の支線が廃止される。
- 19833月22日:筑肥線が唐津で分岐するよう改築され、筑肥線電化に合わせて唐津 - 西唐津間が直流1,500Vで電化される。9月30日には久保田 - 西唐津間でCTCの使用が開始される。
- 198611月1日:久保田 - 西唐津間の貨物営業が全廃される。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、唐津線は新たに発足した九州旅客鉄道(JR九州)に継承される。
出典
最終更新:2026年10月16日