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陸羽西線

Rikuu West Line

陸羽西線(りくうさいせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する営業キロ43.0キロメートルの鉄道路線で、山形県新庄市の新庄駅を起点に、同県庄内町の余目駅へと至る。全線が単線・非電化で、軌間は1,067ミリメートルの狭軌、駅数は10であり、新庄で奥羽本線に、余目で羽越本線に接続し、最上川の谷に沿って走る。1999年からは「奥の細道最上川ライン」の愛称を用いている。陸羽東線と対をなす西側の路線である。

戸沢村10 km
陸羽西線の路線図 · 山形県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は1910年代に新庄側から段階的に建設された。最初の区間である新庄 - 古口間(17.0キロメートル)は、1913年12月7日に酒田線として新規開業した。1914年6月14日には古口 - 清川間(14.1キロメートル)が、同年8月16日には清川 - 狩川間(3.8キロメートル)が、そして同年9月20日には狩川 - 余目間(8.1キロメートル)が延伸開業し、最上川の谷を下って余目に至る全線が完成した。

この路線の位置づけは、周囲の鉄道の動きに合わせて改められていった。1917年11月1日、陸羽東線の全通に伴い、当時は新庄 - 酒田間および酒田 - 最上川間(貨物支線)から成っていた酒田線は陸羽西線と改称された。1924年4月20日には、羽後亀田 - 羽後岩谷間の開業によって羽越北線と接続すると、路線網が再編され、陸羽西線は今日と同じ新庄 - 余目間と定められ、秋田 - 鼠ケ関間は羽越線に編入された。

1958年4月1日には全旅客列車が気動車に置き換えられ、無煙化された。1987年4月1日の国鉄分割民営化に際しては、東日本旅客鉄道が路線を承継し、全線の貨物営業が廃止された。CTC(列車集中制御装置)化は1991年2月28日に完成した。

1999年12月4日には公募により決定された愛称「奥の細道最上川ライン」の使用が始まった。普通列車にはキハ110系気動車が用いられ、いずれも全線を走り通す。一部の列車は余目から先も羽越本線に直通し、開業時の線名「酒田線」の由来である酒田へ向かう。

2022年5月14日より、地域高規格道路「新庄酒田道路」を構成する「高屋道路」の(仮称)高屋トンネルの建設関連工事のため、全線で営業を休止し、バス代行輸送へと切り替えられた。この休止は当初2024年度までの予定であったが、トンネル工事の遅延により終了が延期された。

2025年9月26日には、運転再開およびバス代行輸送終了の時期が発表された。鉄道の運転は2026年1月16日に全線で再開されたが、利用者が極めて少ない羽前前波駅と高屋駅には列車が停車しなくなった。

この路線の駅

本マップ収録の全10駅(五十音順)。各駅を選ぶとその駅のページを開けます。

年表

  • 191312月7日:新庄 - 古口間(17.0 km)を酒田線として新規開業。
  • 19146月14日:古口 - 清川間(14.1 km)を延伸開業。
  • 19148月16日:清川 - 狩川間(3.8 km)を延伸開業。
  • 19149月20日:狩川 - 余目間(8.1 km)を延伸開業し、最上川の谷を下って余目までの全線が完成。
  • 191711月1日:陸羽東線の全通に伴い、新庄 - 酒田・酒田 - 最上川間(貨物支線)を陸羽西線と改称。
  • 19244月20日:羽後亀田 - 羽後岩谷間開業により羽越北線と接続。陸羽西線を新庄 - 余目間とし、秋田 - 鼠ケ関間を羽越線とする再編を実施。
  • 19584月1日:全旅客列車を気動車に置き換え(無煙化)。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化にともない東日本旅客鉄道が承継し、全線の貨物営業を廃止。
  • 19912月28日:CTC(列車集中制御装置)化が完成。
  • 199912月4日:公募により決定された愛称「奥の細道最上川ライン」の使用を開始。
  • 20225月14日:地域高規格道路「新庄酒田道路」を構成する「高屋道路」の(仮称)高屋トンネル建設関連工事のため、全線で営業を休止しバス代行輸送を開始。
  • 20259月26日:陸羽西線の運転再開およびバス代行輸送終了の時期が発表される。
  • 20261月16日:全線で運転を再開。ただし利用者が極めて少ない羽前前波駅と高屋駅は全列車通過とする。

出典