歴史
この路線の起源は明治期の鉄道建設計画にさかのぼる。1895年に鉄道敷設法が改正され、北陸線の計画に「京都府下舞鶴ヨリ福井県小浜ヲ経テ敦賀ニ至ル鉄道」、すなわち小浜線がたどることになる経路が追加された。用地測量を経て、1915年5月に建設が始まった。
路線は敦賀側から段階的に開業した。最初の区間である敦賀 - 十村間は1917年12月15日に開業し、その距離は当時18.2マイル(約29.29キロメートル)と記録された。1918年11月10日には小浜まで西へ延伸され、さらに1921年4月3日には若狭高浜まで延びた。
最後の区間である若狭高浜 - 新舞鶴間は1922年12月に開業して全通し、舞鶴線と接続した。1930年4月1日には路線の距離表示がマイルからキロメートルに改められ、その長さは84.3キロメートルと定められ、1939年6月1日には西端の終点である新舞鶴駅が東舞鶴駅に改称された。
日本国有鉄道の下で、小浜線は戦後の数十年を通じて近代化された。1961年3月1日には気動車が投入され、1966年1月20日にはATS(車内警報装置)が全線で使用開始された。1960年代前半には多くの新駅が設けられた。
1987年4月1日の国鉄分割民営化により、この路線は新たに発足した西日本旅客鉄道へと引き継がれた。JR西日本は地域の運営を再編し、1991年に小浜鉄道部を設置するとともに、1992年3月14日にはワンマン運転を開始した。1997年3月22日には、敦賀から小浜線に入る貨物列車が廃止された。
電化工事は2000年7月15日に始まり、2003年3月15日には敦賀 - 東舞鶴間の全線が直流1,500ボルトで電化され、113系・125系電車が運用を開始した。その後、使用車両は125系電車に統一され、2020年3月14日からは全列車がワンマン運転となった。
この路線の駅
本マップ収録の全24駅(五十音順)。各駅を選ぶとその駅のページを開けます。
- 粟野Awano
- 加斗Kato
- 気山Kiyama (Fukui)
- 三松Mitsumatsu (Fukui)
- 三方Mikata
- 若狭高浜Wakasa-Takahama
- 若狭本郷Wakasa-Hongo
- 若狭有田Wakasa-Arita
- 若狭和田Wakasa-Wada
- 十村Tomura
- 小浜Obama
- 松尾寺Matsuoodera
- 上中Kaminaka
- 新平野Shin-Hirano
- 勢浜Seihama
- 西敦賀Nishi-Tsuruga
- 青郷Aonogo
- 大鳥羽Otaba
- 東小浜Higashi-Obama
- 東美浜Higashi-Mihama
- 東舞鶴Higashi-Maizuru
- 藤井Fujii
- 敦賀Tsuruga
- 美浜Mihama
年表
- 1895鉄道敷設法が改正され、北陸線の計画に「京都府下舞鶴ヨリ福井県小浜ヲ経テ敦賀ニ至ル鉄道」が追加される。
- 19155月:用地測量を経て路線の建設が始まる。
- 191712月15日:最初の区間である敦賀 - 十村間(18.2マイル≒29.29km)が開業。
- 191811月10日:十村 - 小浜間(12.5マイル≒20.12km)が延伸開業。
- 19214月3日:小浜 - 若狭高浜間(12.1マイル≒19.47km)が延伸開業。
- 192212月:最後の区間である若狭高浜 - 新舞鶴間(9.6マイル≒15.45km)が延伸開業し全通。
- 19304月1日:マイル表示からキロ表示に変更(52.4M→84.3km)。
- 19396月1日:新舞鶴駅が東舞鶴駅に改称。
- 19613月1日:気動車を投入。
- 19661月20日:全線でATS(車内警報装置)を使用開始。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)が継承。
- 19914月1日:小浜鉄道部が発足し、同鉄道部の管轄になる。
- 19923月14日:ワンマン運転開始。
- 19973月22日:敦賀から小浜線に入る貨物列車が廃止。
- 20007月15日:電化工事に着手。
- 20033月15日:敦賀 - 東舞鶴間が電化(直流1,500V)。113系・125系電車が投入される。
- 20203月14日:全列車ワンマン化。
出典
最終更新:2026年10月16日