歴史
この路線は国の事業としてではなく、千葉県が道路事情の悪さを補うために県内各地に敷設した千葉県営鉄道の一つとして始まった。1911年7月18日に鉄道敷設免許が下付され、1912年12月28日に県営鉄道として木更津 - 久留里間が開業した。当初は762ミリメートルという狭い軌間で建設された軽便鉄道であった。
1915年7月1日に中川駅が横田駅に改称され、1921年7月10日には俵田駅が開業した。県営の時代は1923年9月1日に終わり、この日、路線は国有化されて鉄道省の久留里線となった。
国有化後の1930年8月20日には、軌間が762ミリメートルから1,067ミリメートルへ改軌された。その後、路線はさらに内陸へと延ばされ、1936年3月25日に久留里 - 上総亀山間の9.6キロメートルが延伸開業して、久留里線は現在の終点まで全通した。
久留里線は日本国有鉄道の時代を、おおむね静かな地方の支線として過ごし、1987年4月1日の国鉄分割民営化により、新たに発足したJR東日本に継承された。非電化路線であるため気動車で運行されており、2012年12月1日にはJR東日本が新型のキハE130-100番台気動車を投入して、それまで使われてきた老朽化したキハ30・37・38形を置き換えた。車掌が乗務しないワンマン運転が行われている。また、東京近郊区間に指定されているにもかかわらず、当線ではSuicaなどのICカードを利用できない。
近年は利用者の減少が著しく、特に内陸の久留里 - 上総亀山間で大きい。同区間の平均通過人員(輸送密度)は2013年度以降おおむね4年で半分になるペースで減少しており、2013年度の216人/日から2017年度には103人/日、2021年度には55人/日となった。路線の二つの区間の差は際立っており、2021年度の平均通過人員は全線で782人/日、木更津 - 久留里間で1,091人/日であったのに対し、久留里 - 上総亀山間は55人/日にとどまった。2023年度は全線で771人/日、木更津 - 久留里間で1,072人/日、久留里 - 上総亀山間で64人/日であった。久留里 - 上総亀山間の2019年度の収支率はわずか0.6パーセントで、営業費用約344百万円に対して運輸収入は約2百万円であった。
こうした数字を踏まえ、JR東日本と地元自治体は、路線の内陸側の末端を現在の形のまま維持することはできず、バスを中心とした新たな交通体系へのモードチェンジを図る必要があると結論づけた。約10キロメートルの久留里 - 上総亀山間の廃止とバス転換は2027年4月1日に予定されており、これが実現すれば、鉄道は木更津 - 久留里間のみで運行されることになる。
この路線の駅
本マップ収録の全14駅(五十音順)。各駅を選ぶとその駅のページを開けます。
年表
- 19117月18日:当線の鉄道敷設免許が下付される。
- 191212月28日:千葉県営鉄道久留里線として木更津 - 久留里間が、762mm軌間の軽便鉄道として開業。
- 19157月1日:中川駅が横田駅に改称される。
- 19217月10日:俵田駅が開業する。
- 19239月1日:国有化され、鉄道省の久留里線になる。
- 19308月20日:軌間が762mmから1,067mmに改軌される。
- 19363月25日:久留里 - 上総亀山間(9.6km)が延伸開業し、久留里線が全通する。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本が継承する。
- 201212月1日:キハE130-100番台気動車が運用を開始し、老朽化したキハ30・37・38形を置き換える。
- 20274月1日(予定):久留里 - 上総亀山間(約10km)の運輸営業を廃止し、バス転換することが予定されている。
出典
最終更新:2026年10月16日