歴史
当時の箕面有馬電気軌道は、大阪 - 神戸間の阪神電気鉄道のように既に発展していた都市間路線とは異なり、郊外の田園地帯を走る路線で乗客数は少なく経営基盤は貧弱であったため、実質的な創業者である小林一三は沿線開発によって鉄道需要を創出した。池田を手始めに地価の安かった沿線の土地を買い上げて日本初の住宅ローンを活用した戸建て住宅地の分譲販売を行い、終点の宝塚ではレジャー事業として1911年(明治44年)に宝塚新温泉(後の宝塚ファミリーランド)を開業し、1913年(大正2年)には女性のみの劇団である宝塚歌劇団の前身、宝塚唱歌隊を組織した。宝塚歌劇団は1914年(大正3年)に歌劇上演を開始し、2025年(令和7年)7月1日に阪急電鉄の完全子会社として法人化された。1929年(昭和4年)には梅田駅に世界初のターミナルデパートである阪急百貨店を開業し、1936年(昭和11年)には後の阪急ブレーブスとなるプロ野球球団を結成して1988年(昭和63年)まで経営した。同球団は現在のオリックス・バファローズの前身である。鉄道・住宅・小売・ホテル・娯楽にわたる多角経営は「小林一三モデル」として日本の私鉄や国鉄から民営化したJRの経営に多大な影響を与えた。
1918年(大正7年)2月4日に社名を阪神急行電鉄に改称した。1920年(大正9年)7月16日に神戸本線十三 - 神戸(後の上筒井)間と伊丹線を開業して阪神間輸送に参入し、阪神電気鉄道と競合関係になった。1936年(昭和11年)4月1日には神戸・三宮の新しい神戸駅(現在の神戸三宮駅)へ高架線で乗り入れた。1943年(昭和18年)10月1日には陸上交通事業調整法により京阪電気鉄道と合併して京阪神急行電鉄となったが、1949年(昭和24年)12月1日に旧京阪の京阪線・交野線・宇治線・京津線・石山坂本線の5路線が分離されて京阪電気鉄道が再発足した。新京阪線とその支線は阪急側に残り、新京阪線は京都本線となって、現在の3本線の体制が確立した。
戦後は1959年(昭和34年)に梅田 - 十三間が3複線化されて京都本線のターミナルが天神橋駅から梅田駅となり、1963年(昭和38年)には京都本線大宮 - 河原町間が延伸開業した。1967年(昭和42年)には千里山線が北千里駅まで延長されて千里線と改称され、北千里駅には日本初の本格的な自動改札機が設置された。1968年(昭和43年)に神戸高速鉄道・山陽電気鉄道と、1969年(昭和44年)12月6日に大阪市営地下鉄堺筋線と相互直通運転を開始し、1973年(昭和48年)4月1日に社名を阪急電鉄に変更した。1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災では神戸本線・伊丹線・今津(北)線などが甚大な被害を受けたが、同年6月12日に神戸本線が全線復旧し、1998年(平成10年)には伊丹駅が再建された。
2005年(平成17年)4月1日に旧・阪急電鉄は持株会社の阪急ホールディングスに移行し、鉄道・不動産・レジャー・流通の事業は新・阪急電鉄株式会社が承継した。新会社の法人は1989年(平成元年)12月7日に株式会社アクトシステムズとして設立され、2004年(平成16年)に阪急電鉄分割準備株式会社に商号変更していたものである。阪急ホールディングスは2006年(平成18年)10月1日に阪神電気鉄道との経営統合により阪急阪神ホールディングスとなった。2007年(平成19年)10月19日に創業100年、2010年(平成22年)3月10日に開業100年を迎えた。
現在の営業キロは143.6km(第二種鉄道事業区間である神戸高速線を含む)、平均利用者数は約177万人/日に及ぶ。大阪梅田駅には神戸本線・宝塚本線・京都本線の3本線の列車が発着し、支線として伊丹線・今津線・甲陽線・箕面線・千里線・嵐山線を持つ。関西の大手私鉄では唯一、京都・大阪・神戸の京阪神3都市すべてに自社路線を持つ。京都本線・千里線はOsaka Metro堺筋線と、宝塚本線は能勢電鉄と相互直通運転を行い、神戸本線の列車は神戸高速線を経て新開地まで直通している。車両の塗装は全車両一貫して「阪急マルーン」が用いられている。2024年(令和6年)7月21日には、同日運行を開始した新型の2300系とともに、京都本線の特急・通勤特急・準特急に同社初の座席指定サービス「PRiVACE」を導入した。
年表
- 190710月19日、阪急の前身である箕面有馬電気軌道の創立総会が開催され、会社が設立された。設立の中心となったのは北浜銀行頭取の岩下清周や三井銀行出身の小林一三らである。
- 19103月10日、宝塚本線梅田 - 宝塚間、箕面線石橋 - 箕面間が開業した。
- 19137月1日、女性のみで構成される現在の宝塚歌劇団の前身、宝塚唱歌隊を組織した。1914年4月1日には宝塚新温泉余興場において歌劇上演を開始した。
- 19182月4日、商号を阪神急行電鉄株式会社に変更した。
- 19207月16日、神戸本線十三 - 神戸(後の上筒井)間および伊丹線が開業し、阪神間の都市間輸送に参入した。
- 19294月15日、梅田阪急ビル(新館)に世界初のターミナルデパート(駅直結型百貨店)となる阪急百貨店が開店した。
- 19361月23日、阪急職業野球団(後の阪急ブレーブスの前身、現在のオリックス・バファローズ)を結成した。4月1日には神戸本線西灘 - 神戸(現在の神戸三宮)間が開業し全通した。
- 194310月1日、陸上交通事業調整法により京阪電気鉄道と合併し、京阪神急行電鉄株式会社に商号変更した。
- 194912月1日、京阪線・交野線・宇治線・京津線・石山坂本線を(新)京阪電気鉄道として分離した。阪急側に残った新京阪線は京都本線に改称され、現在の3本線の路線網が確立した。
- 196912月6日、千里線・京都本線が大阪市営地下鉄堺筋線と相互直通運転を開始した。
- 19734月1日、阪急電鉄株式会社に商号変更した。
- 19951月17日、阪神・淡路大震災で各線が被災し、とりわけ神戸本線・伊丹線・今津(北)線などの被害が甚大であった。6月12日、神戸本線が全線復旧した。
- 20054月1日、旧・阪急電鉄は持株会社の阪急ホールディングスに移行し、鉄道・不動産等の事業は会社分割によって阪急電鉄分割準備株式会社(1989年12月7日設立の株式会社アクトシステムズが前身)が承継した上で、同社が(新)阪急電鉄株式会社に商号変更した。
- 200610月1日、親会社の阪急ホールディングスが阪神電気鉄道との経営統合に伴い、阪急阪神ホールディングス株式会社に商号変更した。