歴史
この山には戦前からケーブルカーが通じていた。1926年(大正15年)10月、八栗登山電鉄に対して鉄道免許状が下付され、1928年(昭和3年)12月には八栗登山鉄道株式会社が設立された。同社は1931年(昭和6年)2月15日に八栗登山口 - 八栗山上間でケーブルカーを開業した。
この路線は戦争を無傷では乗り越えられなかった。1944年(昭和19年)2月11日、八栗登山鉄道は不要不急線として営業を休止し、その資材は戦争のために供出された。施設を失った路線は20年にわたって休止したままとなり、当初の事業者の路線は1960年(昭和35年)12月25日に正式に廃止された。
このケーブルカーは、1960年代半ばに新たに設立された会社によって復活した。1964年(昭和39年)8月29日、八栗ケーブルという会社が八栗登山口 - 八栗山上間の免許を取得し、20年以上の空白を経て、再建された路線が同年12月28日に再開業した。戦前の路線は新会社による再建の前に正式に廃止されていたため、事業者は1964年以降の路線を別の鉄道として扱っており、これに基づいて2025年に路線の開業60周年を祝った。
1964年の再開業のために導入された車両は、現在も使用されている。日立製作所が製造した、前面が丸みをおびたボンネット形の2両(形式はコ-1形で、1・2の番号を持つ)が再開業以来この路線で稼働しており、愛称は付けられていない。就役当初は、同年に開業した東海道新幹線にあやかって選ばれた、アイボリー地に青色のラインという塗装だった。その後塗装は何度か変更され、直近では2016年の検査時に、車体を白色と灰色とし、前面を1は赤色、2は青色とする塗り分けに改められた。
運営会社はこれまでに2度社名を変更している。1964年(昭和39年)6月26日に八栗ケーブルとして設立された同社は、1970年(昭和45年)11月14日に八栗箸蔵ケーブルへと改称し、1987年(昭和62年)8月1日に現在の社名である四国ケーブルを名乗った。今日、同社は香川県と徳島県でロープウェイも運営しているが、八栗ケーブルは同社唯一のケーブルカーであり続けている。
列車は通常は朝から運行されるが、毎月1日の縁日には早朝5時から運行される。運賃は上りより下りの方が安く設定されている。
この路線の駅
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年表
- 192610月13日:八栗登山電鉄に対し鉄道免許状が下付される。
- 192812月:八栗登山鉄道株式会社が設立される。
- 19312月15日:八栗登山鉄道が八栗登山口 - 八栗山上間を開業する。
- 19442月11日:不要不急線として営業を休止し、資材を供出する。
- 196012月25日:当初の八栗登山鉄道の路線が正式に廃止される。
- 19646月26日:八栗ケーブル(会社)が設立される。
- 19648月29日:八栗ケーブルが八栗登山口 - 八栗山上間の免許を取得する。
- 196412月28日:八栗ケーブルにより、20年以上の空白を経て再建された路線が再開業する。
- 197011月14日:運営会社が八栗箸蔵ケーブルに社名変更する。
- 19878月1日:運営会社が現在の社名である四国ケーブルに変更する。