歴史
路線は南海の四国航路が開設されたのと同じ1956年の5月6日に、和歌山市駅から和歌山港駅(初代、後の築港町駅)までが開業した。新たな四国連絡のフェリーへ鉄道で連絡することを目的に建設されたもので、開業当初から難波発着の南海本線直通列車が連絡を担った。最初に運転されたのは1551系を使用した急行「あわ」で、のちに特急「四国」が運行を開始した。
1971年3月6日には築港町駅から新たな終点の水軒駅まで延伸され、路線は全長5.4キロメートルとなった。この延伸は和歌山港の移転と県が計画した木材輸送のために和歌山県が行ったもので、同時に初代の和歌山港駅は移設のうえ築港町駅に改称され、延伸区間には2代目の和歌山港駅が開業した。しかし延伸開業時にはすでに木材輸送がトラック輸送に切り替わっており、この区間では一度も木材輸送のための貨物列車が運行されることはなかった。
この路線は区間によって所有者が異なる。和歌山市駅 - 久保町間(0.8キロメートル)は南海自身の鉄道であるが、久保町 - 和歌山港間(2.0キロメートル)は港湾管理者である和歌山県が南海の敷設免許を譲り受けて臨港鉄道として整備したものである。その結果、南海は内側区間では第一種鉄道事業者、臨港区間では第二種鉄道事業者となり、和歌山県が臨港区間の第三種鉄道事業者となっている。1980年9月1日にはPTCが導入され、2001年3月24日には普通列車のワンマン運転が始まった。
和歌山港駅 - 水軒駅間を走る列車は和歌山市駅発着の普通列車一日2往復のみであったが、「同区間にある踏切が交差道路拡張の障害になっている」との理由で、2002年5月26日にこの区間(2.6キロメートル)が廃止された。廃止に際しては、同年4月28日に臨時の特急「サザン」が難波から水軒まで運転され、最終営業日には定期の2往復に加えて臨時列車も増発された。この区間では30年余りの間、ついに一度も貨物列車が運転されなかった。
途中の3駅(久保町・築地橋・築港町)は、いずれも一日の平均乗降客数が100人以下だったため2005年11月27日に廃止され、和歌山バスの路線が事実上その周辺の代行輸送を担っている。途中駅の廃止により線内運転の普通列車はいったん消滅し、直通の特急・急行のみの運転となった。また旧・久保町駅の位置は、所有者が変わる境界を示す「県社分界点」となった。2012年4月1日からはダイヤが全面的にフェリー連絡に特化して運行本数が削減され、土曜・休日の急行が廃止される一方、特急「サザン」と急行の一部を置き換えるかたちで線内運転の普通列車が復活し、和歌山港駅は無人化された。
現在の和歌山港線では、南海本線直通の特急「サザン」(1985年から)と、平日に運転される難波発着の急行、そして線内運転の普通列車が運行されており、普通列車に使用される車両は加太線と共通運用されている。2023年8月29日には、南海が信号メーカーの京三製作所と共同で、8300系電車を用いた自動運転の実証試験をこの路線で開始した。2026年3月30日に南海フェリーの四国航路の事業廃止が発表された際にも、南海電鉄は和歌山港線は存続するとし、廃止する予定はないとしている。
この路線の駅
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年表
- 19565月6日:南海の四国航路開設と同じ年に、和歌山市駅 - 和歌山港駅(初代、後の築港町駅)間が開業。
- 19713月6日:和歌山県により築港町駅 - 水軒駅間が開業(全長5.4kmに)。初代和歌山港駅を移設のうえ築港町駅に改称し、2代目和歌山港駅が開業。
- 19713月31日:和歌山市駅での南海和歌山軌道線との接続がこの日限りで終了。
- 19809月1日:PTCを導入。
- 20013月24日:普通列車のワンマン運転を開始。
- 20025月26日:和歌山港駅 - 水軒駅間(2.6km)が廃止。踏切が交差道路拡張の障害になっていたためとされ、同区間で貨物列車が運転されることはなかった。
- 200511月27日:途中の久保町駅・築地橋駅・築港町駅を、利用者僅少(いずれも一日の平均乗降客数が100人以下)のため廃止。線内運転の普通列車を廃止し、旧・久保町駅は県社分界点となる。
- 20124月1日:フェリー連絡に特化したダイヤとなり、運行本数を削減。土曜・休日の急行を廃止し、特急「サザン」と急行の一部の置き換えで線内運転の普通列車が復活。和歌山港駅を無人化。
- 20238月29日:南海が信号メーカーの京三製作所と共同で、8300系電車を用いた自動運転の実証試験を開始。
- 20263月30日:南海フェリーの四国航路の事業廃止が発表される。南海電鉄は和歌山港線を存続させ、廃止する予定はないとした。
出典
最終更新:2026年10月16日