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筑波山鋼索鉄道線

Mount Tsukuba Cable Car

筑波山鋼索鉄道線(つくばさんこうさくてつどうせん)は、茨城県つくば市の筑波山にある営業キロ1.634キロメートルのケーブルカー(鋼索鉄道)で、通称は筑波山ケーブルカーである。

軌間は1,067ミリメートルで、山の中腹にある宮脇駅から山頂近くの筑波山頂駅までを結び、起終点の2駅のみからなる単線である。当線は筑波観光鉄道が運営する唯一の鋼索線である。同社は京成グループに属し、筑波山ロープウェーやホテル・飲食店も運営している。1925年に建設されたこの路線は、関東地方で2番目、日本で5番目に古いケーブルカーである。

2 km
筑波山鋼索鉄道線の路線図 · 茨城県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

1922年(大正11年)11月16日、この路線を建設することになる筑波登山鉄道に対して鉄道免許状が下付された。1923年(大正12年)4月14日に筑波山鋼索鉄道が設立され、同年4月18日には筑波登山鉄道から筑波山鋼索鉄道への社名変更が届け出られた。筑波山の急斜面を登る建設工事を経て、ケーブルカーは1925年(大正14年)10月12日に営業を開始した。

当線は1.634キロメートルの間に495メートルの高低差があり、最急勾配は358パーミルに達する。運転方式は単線釣瓶式で、索条で結ばれた2両の車両のうち、下る車両が上る車両を引き上げる助けとなる。最高速度は時速12キロメートルで、宮脇駅から山頂駅までの所要時間はおよそ8分である。

営業は第二次世界大戦によって中断された。1944年(昭和19年)2月11日、当線は戦時下の不要不急線の方針により廃止された。ケーブルカーは終戦まで、さらに戦後も数年間にわたって再開されず、筑波山は10年以上にわたって山岳鉄道を失うこととなった。1952年(昭和27年)8月28日に筑波山鋼索鉄道へ地方鉄道免許が下付され、1954年(昭和29年)11月3日に営業が再開された。

1985年(昭和60年)4月26日、昭和天皇が国際科学技術博覧会(科学万博)を視察した後、筑波山を訪れた。1995年(平成7年)1月17日には車両更新のため一時営業を休止し、同年3月1日に3代目の車両で営業を再開した。1999年(平成11年)10月1日、筑波山鋼索鉄道は筑波山ロープウェーを合併して筑波観光鉄道に社名を変更し、ケーブルカーとロープウェーを単一の事業者のもとに統合した。2015年(平成27年)、当線は土木学会選奨土木遺産に選定された。

この路線の駅

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年表

  • 192211月16日:当線を建設することになる筑波登山鉄道に対し鉄道免許状が下付される。
  • 19234月14日:筑波山鋼索鉄道が設立される。
  • 19234月18日:筑波登山鉄道から筑波山鋼索鉄道への社名変更が届け出られる。
  • 192510月12日:宮脇 - 筑波山頂間で営業を開始する。
  • 19442月11日:不要不急線として廃止される。
  • 19528月28日:筑波山鋼索鉄道に地方鉄道免許が下付される。
  • 195411月3日:営業を再開する。
  • 19854月26日:昭和天皇が国際科学技術博覧会の視察後に筑波山を訪れる。
  • 19951月17日:車両更新のため営業を休止する。
  • 19953月1日:営業を再開し、3代目車両の運行を開始する。
  • 199910月1日:筑波山鋼索鉄道が筑波山ロープウェーを合併し、筑波観光鉄道に社名変更する。
  • 2015土木学会選奨土木遺産に選定される。

出典