歴史
建設は1963年に始まり、1964年の東京オリンピックに間に合わせるため開業が急がれた。モノレールは、オリンピック開会式の23日前にあたる1964年9月17日に開業した。当初の路線は13.1キロメートルで、浜松町と空港(当初の羽田駅)の2駅のみを結び、東京の臨海部に沿ってほぼ全線が水上を走っていた。
1960年代半ばからは、当初の水上の線形に沿って一連の中間駅が設けられていった。大井競馬場の最寄りである大井競馬場前駅は、1965年5月27日に臨時駅として開業し、1967年6月1日に常設駅となった。羽田整備場駅は1967年3月20日に開業した。1969年12月15日には新平和島駅が開業し、1972年1月8日に流通センター駅に改称された。昭和島駅は信号所から格上げされて1985年に開業し、開発が進む臨海地区へのアクセスとなる天王洲アイル駅が1992年6月19日に加わった。
1990年代初頭には、空港側で路線初の大規模な造り直しが行われた。新しい旅客ターミナル(現在の第1ターミナル)の開業に伴い、旧来の羽田駅とそこへ至る1.2キロメートルの行き止まり区間が1993年9月26日に廃止され、翌27日には、改称された整備場駅から新しい空港ターミナルへ至る5.1キロメートルの新線が開業した。
その後も、羽田空港自体の拡大に伴って空港への延伸が続いた。当時新しかった第2ターミナルへの0.9キロメートルの延伸が2004年12月1日に開業し、同時に既存の空港駅は羽田空港第1ビル駅に改称された。国際線ターミナルに設けられた中間駅が2010年10月21日に開業し、同じ日に路線名は正式に東京モノレール羽田空港線へと改められた。羽田のターミナルの番号が付け替えられると、路線の空港駅は2020年3月14日に再び改称され、国際線の駅は羽田空港第3ターミナル駅に、二つの国内線の駅は第1・第2ターミナル駅となった。
路線の経営は世紀の変わり目にJR東日本グループへと移った。日立物流が運営会社の株式の過半数にあたる70%をJR東日本に譲渡し、日立製作所は30%を取得した。東京モノレール自身の沿革は、経営権の移転を2002年2月としている。同社はその後も共同出資の企業として運営されたが、同じ沿革によれば、2023年8月にJR東日本の完全子会社となった。
この路線の駅
年表
- 1963モノレールの建設が始まる。
- 19649月17日:東京モノレール羽田線がモノレール浜松町駅 - (旧)羽田駅間で開業。1964年東京オリンピックの23日前で、当初13.1kmの路線は2駅のみを結び、ほぼ全線が水上を走った。
- 19655月27日:最初の中間駅である大井競馬場前駅が、大井競馬場の最寄りの臨時駅として開業。
- 19673月20日:羽田整備場駅が開業。6月1日には大井競馬場前駅が常設駅となる。
- 196912月15日:新平和島駅が開業(のちに流通センター駅へ改称)。
- 19721月8日:新平和島駅が流通センター駅に改称される。
- 19852月7日:昭和島信号所が格上げされ、昭和島駅が開業。
- 19926月19日:天王洲アイル駅が開業し、開発が進む臨海地区へのアクセスとなる。
- 19939月26日:旧羽田駅とそこへ至る1.2kmの区間が廃止。9月27日:羽田整備場駅を整備場駅に改称し、同駅から新しい空港ターミナル(現在の第1ターミナル)への5.1kmの新線が開業。
- 2002日立物流が運営会社の株式の過半数にあたる70%をJR東日本に譲渡し、日立製作所が30%を取得する。
- 200412月1日:当時新しかった第2ターミナルへの0.9kmの延伸が開業。既存の空港駅は羽田空港第1ビル駅に改称される。
- 201010月21日:国際線ターミナルに設けられた中間駅が開業。同日、路線名が正式に「東京モノレール羽田空港線」へ改称される。
- 20203月14日:羽田のターミナル番号付け替えに伴い空港駅を改称。国際線の駅は羽田空港第3ターミナル駅に、二つの国内線の駅は第1・第2ターミナル駅となる。
- 20238月:運営会社の東京モノレールがJR東日本の完全子会社となる。
出典
最終更新:2026年10月16日