伊豆箱根鉄道の路線約2分で読めます

駿豆線

Izuhakone Railway Sunzu Line

駿豆線(すんずせん)は、静岡県を走る営業キロ19.8キロメートルの通勤鉄道で、伊豆箱根鉄道が運営している。三島市の三島駅を起点に、南の伊豆市の修善寺駅までを結ぶ単線の路線で、軌間1,067ミリメートルの狭軌、全線が直流1,500ボルト架線で電化され、13の駅を有する。私有の地方鉄道ではあるが、JRの特急「踊り子」が東京から直通して温泉地・修善寺へ乗り入れている。

伊豆の国市沼津市清水町5 km
駿豆線の路線図 · 静岡県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国ではなく、民間の事業者によって建設された。1898年5月20日、豆相鉄道が三島町駅(現在の三島田町駅)と南条駅(現在の伊豆長岡駅の地)とを結んで開業した。1898年6月15日には三島町と当時の三島駅とを結ぶ短い区間が延伸され、翌年の1899年7月17日には南条から大仁まで南へ延びて、現在の経路の大半が形づくられた。

その後、20世紀初頭に経営は幾度か移り変わった。路線は1907年7月19日に伊豆鉄道の一部となり、1912年4月1日には駿豆電気鉄道に譲渡された。同社は1916年に富士水電と合併し、1917年11月5日に駿豆鉄道として分離・独立した。

電化は1910年代に段階的に行われた。三島町 - 大場間が1918年8月10日に電化され、1919年5月には軌道線との直通運転が始まり、1919年6月までに全線が電化された。続いて南側の終点が1924年8月1日に大仁から修善寺まで延伸された。連絡する国有鉄道を介した東京への直通運転は、早くも1933年に週末運転として始まっている。

1957年6月1日、駿豆鉄道は社名を伊豆箱根鉄道に改め、現在もこの会社が路線を運営している。伊豆箱根鉄道は西武グループの一員で、その企業上の源流は1893年設立の豆相鉄道(ずそうてつどう)にまでさかのぼる。改称後、同社は路線の近代化を進め、1959年9月7日に給電電圧を600ボルトから1,500ボルトへ昇圧し、1967年までに自動閉塞信号を三島 - 修善寺間の全線に広げ、1972年6月16日にはすべての貨物営業を廃止した。

特急「踊り子」は1981年10月1日に運転を開始した。東京から東海道本線を経て駿豆線へ直通し、修善寺を終点とする。2021年3月13日には踊り子の車両がE257系に置き換えられ、駿豆線区間に特急料金が設定された。自社車両では、3000系が1979年に、7000系が1991年に運用に入った。

駿豆線は、三島での東海道新幹線・JRとの乗換点を、伊豆長岡や修善寺と結んでいる。普通列車に加えて、首都圏からの特急「踊り子」が直通運転を行う。2009年には普通列車でワンマン運転が始まり、2024年12月には全駅で非接触のタッチ決済による乗車が導入された。

この路線の駅

年表

  • 18985月20日:豆相鉄道が、三島町駅(現・三島田町駅)と南条駅(現・伊豆長岡駅)とを結んで路線を開業。
  • 18997月17日:南条から大仁まで南へ延伸。
  • 19077月19日:路線が伊豆鉄道の一部となる。
  • 19124月1日:事業者が駿豆電気鉄道となる。
  • 191711月5日:1916年の富士水電との合併を経て、駿豆鉄道として分離・独立する。
  • 19188月10日:三島町 - 大場間が電化される。
  • 19196月までに全線が電化される。5月には軌道線との直通運転が始まる。
  • 19248月1日:南側の終点が大仁から修善寺まで延伸される。
  • 19335月6日:東京からの直通列車が週末に運転を開始。
  • 19576月1日:駿豆鉄道が、西武グループの一員である伊豆箱根鉄道に改称され、現在も同線を運営している。
  • 19599月7日:給電電圧が600ボルトから1,500ボルトへ昇圧される。
  • 1967三島 - 修善寺間の全線で自動信号化(3月25日)。
  • 19726月16日:すべての貨物営業が廃止される。
  • 198110月1日:特急「踊り子」が運転を開始し、東京から東海道本線を経て修善寺まで直通する。
  • 20213月13日:踊り子がE257系に置き換えられ、駿豆線区間に特急料金が設定される。
  • 202412月18日:全駅でカード・スマートフォンによる非接触のタッチ決済を開始。

出典