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佐野線

Tobu Sano Line

佐野線(さのせん)は、東武鉄道が運営する営業キロ22.1キロメートルの鉄道路線で、関東地方に位置し、群馬県館林市の館林駅を起点に、佐野を経て栃木県佐野市の葛生駅に至る。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、駅数は10、全線が直流1,500ボルトの架空電車線方式で電化されている。館林で東武伊勢崎線に接続する。路線の起源は、19世紀に石灰石を運んだ馬車鉄道である。

佐野市板倉町邑楽町5 km
佐野線の路線図 · 栃木県・群馬県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線の前身は、1888年に設立された安蘇馬車鉄道である。これは、江戸時代から葛生で産出されていた石灰石を渡良瀬川の方面へ運ぶためのもので、石灰石は船に積み替えられ、渡良瀬川から利根川を下って東京方面へと運ばれていた。最初の区間である葛生 - 旧吉水間は1889年6月23日に開業した。続いて同年8月10日に吉水 - 旧佐野町間が、1890年1月25日には旧佐野町から渡良瀬川の河岸である越名河岸までが開業した。

会社は1893年4月13日に佐野鉄道へと改称され、1894年3月20日には、葛生・旧佐野町・越名河岸の間の路線が馬車から蒸気機関車による運転へと転換して再開業した。1903年6月17日には佐野鉄道が日本鉄道の両毛線に接続した。

1912年3月30日、佐野鉄道は東武鉄道に合併され、当線は東武の路線網の一部となった。東武のもとで経路は館林方面へと向け直され、館林 - 佐野町(現在の佐野市駅)間が1914年8月2日に開業し、同月には旧佐野町駅が廃止され、1914年10月16日には館林 - 葛生間の全線で直通運転が始まった。これにより、当線は館林で東武伊勢崎線に接続する、ほぼ現在のままの経路を得た。

この経路の転換により、渡良瀬川の河岸へ下る旧来の区間は廃止へと向かった。佐野町 - 越名河岸間の旅客営業は1915年7月5日に取りやめられ、同区間は1917年2月に廃止されて、館林 - 葛生間が本線として残された。一方で、葛生からの石灰石輸送は東武鉄道となってからも続けられ、当線は旅客輸送と並び、長く葛生の採掘地のための貨物路線としての性格を保ち続けた。

館林 - 葛生間の電化は1927年12月16日に行われ、同じ日に渡瀬駅が開業した。佐野町駅は1943年4月1日に佐野市駅へと改称された。1972年5月1日には渡瀬 - 田島間に北館林荷扱所が開設された。

2006年3月18日、普通列車でワンマン運転が開始された。

この路線の駅

本マップ収録の全10駅(五十音順)。各駅を選ぶとその駅のページを開けます。

年表

  • 18896月23日:安蘇馬車鉄道が、葛生で産出される石灰石を渡良瀬川方面へ運ぶため、最初の区間である葛生 - 旧吉水間を開業。
  • 18898月10日:旧吉水 - 旧佐野町間が開業。
  • 18901月25日:旧佐野町 - 越名河岸(渡良瀬川の河岸)間が開業。
  • 18934月13日:安蘇馬車鉄道が佐野鉄道に改称。
  • 18943月20日:葛生・旧佐野町・越名河岸間の路線が、馬車から蒸気機関車による運転に転換して再開業。
  • 19036月17日:佐野鉄道が日本鉄道の両毛線に接続。
  • 19123月30日:東武鉄道が佐野鉄道を合併し、当線が東武の路線網の一部となる。
  • 19148月2日:館林 - 佐野町(現在の佐野市駅)間が開業し、路線が館林方面へ向け直される。
  • 191410月16日:館林 - 葛生間の全線で直通運転を開始。
  • 19157月5日:渡良瀬川の河岸へ下る旧来の区間である佐野町 - 越名河岸間の旅客営業を取りやめ。
  • 19172月:佐野町 - 越名河岸間が廃止され、館林 - 葛生間が本線として残る。
  • 192712月16日:館林 - 葛生間が電化され、同日に渡瀬駅が開業。
  • 19434月1日:佐野町駅が佐野市駅に改称。
  • 19725月1日:渡瀬 - 田島間に北館林荷扱所が開設。
  • 20063月18日:普通列車でワンマン運転を開始。

出典

最終更新:2026年10月16日