歴史
大月線は、二つの馬車鉄道を前身とする。都留馬車鉄道が1900年9月21日に下吉田を一端とする最初の区間を開業し、富士馬車鉄道が1903年1月17日に大月を起点とする路線を開業した。これらの初期の馬車鉄道はやがて吸収・改築され、1921年10月にはその後身である富士電気軌道が大月側の区間を改軌・電化した。
現在の路線を建設した初代の富士山麓電気鉄道は、1926年9月18日に設立された。1929年6月19日には、大月 - 富士吉田間の全長23.6キロメートルにわたる電気鉄道を開業した。軌間1,067ミリメートル、直流1,500ボルトで電化されたこの路線が、今日の大月線である。この路線によって、富士北麓の集落は大月で全国の鉄道網へと結ばれる速達の足を得た。新線は、馬車鉄道時代から続いていた遅い併用軌道に取って代わった。
第二次世界大戦後、路線は河口湖へと残りのわずかな区間を延伸した。1950年8月24日、会社は富士吉田 - 河口湖間の延伸区間を開業し、大月から河口湖までの直通経路を完成させた。この最後の3.0キロメートルの区間は別路線の河口湖線として運営され、もとの大月 - 富士吉田間は大月線のままとなっている。名目上は二つの路線であるが、大月線と河口湖線は一体の路線として運行されている。
1960年5月、運営会社は社名を富士山麓電気鉄道から富士急行(富士急)へと変更した。2011年7月1日には、長らく富士吉田駅と呼ばれてきた路線南端の終点が富士山駅へと改称された。
2010年代には、路線はJRの鉄道網とより緊密に結ばれた。2019年3月16日からは、新たな特急「富士回遊」が東京の新宿と河口湖の間を直通で運行するようになり、JR東日本のE353系がJR中央線を走った後に大月線へと乗り入れている。大月では富士回遊の編成が中央線の特急「あずさ」「かいじ」と連結・解結される。
2022年4月1日、富士急グループは鉄道事業を分社化し、路線の運営は富士急行から、かつての社名を引き継いだ子会社の富士山麓電気鉄道へと移管された。これにより大月線と河口湖線は現在、富士山麓電気鉄道によって運営されている。
この路線の駅
年表
- 19009月21日:都留馬車鉄道が下吉田を一端とする最初の区間を開業。
- 19031月17日:富士馬車鉄道が大月を起点とする路線を開業。
- 192110月:後身の富士電気軌道が大月側の区間を改軌・電化。
- 19269月18日:富士山麓電気鉄道株式会社が設立される。
- 19296月19日:大月 - 富士吉田間(23.6 km、軌間1,067 mm、直流1,500 V)の電気鉄道が開業。これが現在の大月線である。
- 19508月24日:富士吉田 - 河口湖間の延伸区間が開業し、河口湖までの直通経路が完成。この区間は河口湖線として運営される。
- 19605月:運営会社が富士山麓電気鉄道から富士急行に社名変更。
- 20117月1日:南端の終点である富士吉田駅を富士山駅に改称。
- 20193月16日:特急「富士回遊」の運行を開始。JR東日本のE353系が新宿から大月線へ直通し、大月で中央線の「あずさ」「かいじ」と連結・解結する。
- 20224月1日:富士急行の鉄道事業分割に伴い、運営を子会社の富士山麓電気鉄道に移管。かつての社名を引き継ぐ。
出典
最終更新:2026年10月16日