歴史
この路線は、第二次世界大戦後の沖縄県で初めての鉄道である。かつて沖縄には沖縄県営鉄道が存在したが、1945年の戦闘によって壊滅して再建されることはなく、以後数十年にわたり島々には鉄道がなく、道路交通に依存する状態が続いた。代替となる都市交通システムの計画は、沖縄がアメリカの施政権下から日本へ復帰したのと同じ1972年に始まり、最初の沖縄振興開発計画において、那覇の慢性的な道路渋滞を緩和するための軌道系システムの必要性が提起された。
1970年代を通じて、計画は調査から実施の決定へと少しずつ進んだ。1975年には都市モノレールの調査協議会が設置され、1977年12月には久茂地川沿いを通るルートが決定した。この段階では路線は1987年に開業する見込みであった。沖縄県と那覇市は1979年にこの計画の推進を決定し、1982年9月27日には、システムの建設と運営を担う会社として沖縄都市モノレール株式会社が設立された。
建設が始まるまでには、さらに14年を要した。1996年3月に同社が軌道特許を取得し、同年11月26日には起工式が行われた。1999年11月30日には駅名とシンボルマークが決定され、村落共同労働を意味する沖縄の言葉「ゆいまーる」に由来する愛称「ゆいレール」が選ばれた。試運転は2001年12月に那覇空港〜小禄間の一部区間で始まり、2002年11月には全線に拡大された。
モノレールは2003年8月10日に旅客営業を開始し、このとき那覇空港〜首里間12.9キロメートルの第一期区間が開業した。これは、旧県営鉄道が戦災で壊滅して以来、沖縄県で初めて開業した鉄道であり、本島における約60年にわたる鉄道空白の時代に終止符を打った。新しい路線は空港を那覇の中心部や歴史ある首里地区と結び、起伏のある市街地を高架の軌道で越えていった。
この事業は沖縄の外でも早くから高く評価された。2004年には、モノレールを中心に据えた総合的・戦略的な都市整備計画が、日本都市計画学会の石川賞を受賞した。路線が採算を確保するのに苦労するのではないかという当初の懸念は杞憂に終わり、利用者は着実に増えて、2016年度にはモノレールは初めて単年度の黒字を計上した。
2019年10月1日には首里〜浦添市のてだこ浦西間4.1キロメートルの延伸区間が開業し、モノレールは初めて那覇市域を越えて4駅が加わった。この延伸により路線は現在の全長17.0キロメートル、19駅となった。
開業以来、モノレールは1000形車両で運行され、全列車がワンマン運転で各駅に停車している。利用者の増加を受けて運営会社は列車の編成を長くし、路線開業20周年にあたる2023年8月10日には3両編成の営業運転が始まった。
この路線の駅
年表
- 1972沖縄がアメリカの施政権下から日本へ復帰したのと同じ年、都市交通システムの計画が始まる。最初の沖縄振興開発計画で軌道系システムの必要性が提起される。
- 1975都市モノレールの調査協議会が設置される。
- 197712月:ルートが決定し、久茂地川沿いの経路が採用される。開業は1987年の見込みであった。
- 19829月27日:運営会社である沖縄都市モノレール株式会社が設立される。
- 1996建設が始まる。3月に沖縄都市モノレールが軌道特許を取得し、11月26日に起工式が行われる。
- 199911月30日:駅名とシンボルマークが決定され、愛称「ゆいレール」が選ばれる。
- 200112月:那覇空港〜小禄間の一部区間で試運転が始まる。
- 200211月:試運転が全線に拡大される。
- 20038月10日:那覇空港〜首里間12.9キロメートルの第一期区間が開業。旧県営鉄道の戦災以来、沖縄県で初めての鉄道となる。
- 2004モノレールを中心とした総合的・戦略的な都市整備計画が、日本都市計画学会の石川賞を受賞する。
- 20162016年度に、モノレールは初めて単年度黒字を達成する。
- 201910月1日:首里〜浦添市のてだこ浦西間4.1キロメートルの延伸区間が開業。路線は那覇市域を越え、全長17.0キロメートル・19駅となる。
- 20238月10日:路線開業20周年にあたり、3両編成の営業運転が始まる。
出典
最終更新:2026年10月16日