歴史
富士急行線全体は、中央本線の終端であった大月から、古くから富士登山の拠点であった吉田(現在の富士吉田)方面へ登山客らを運ぶために敷設された二つの馬車鉄道を前身とする。都留馬車鉄道は1900年に軌間762ミリメートルの路線を、富士馬車鉄道は1903年に軌間610ミリメートルの路線を開業し、両社は1921年に合併、その事業は1926年に設立された富士山麓電気鉄道へと引き継がれた。同社は馬車鉄道に代えて大月 - 富士吉田間の新たな1,067ミリメートルの電気鉄道を建設し、1929年6月19日に開業させ、当初から電化していた。これが現在の大月線である。河口湖線は、それから二十数年を経て、この電気鉄道を富士吉田から河口湖方面へ延伸する形で加えられた。
1950年8月24日、富士山麓電気鉄道は富士吉田から河口湖までの延伸区間を開業し、これが河口湖線を構成する区間となった。開業時の距離は3.1キロメートルで、1975年4月に0.1キロメートル短縮されて現在の3.0キロメートルとなった。この延伸により、大月(標高358メートル)から富士山駅を経て河口湖(標高857メートル)まで登る直通経路が完成した。
1960年5月、運営会社は富士山麓電気鉄道から富士急行へと社名を変更した。1961年12月1日には、河口湖線で唯一の中間駅となるハイランド駅(後の富士急ハイランド駅)が開業した。1962年4月14日からは新宿 - 河口湖間に急行「かわぐち」が直通運転され、1986年11月1日に廃止された。
車扱貨物の取扱は1978年4月1日に廃止され、小荷物の取扱も1984年に終了した。ハイランド駅は1981年1月11日に富士急ハイランド駅へ改称された。2011年7月1日には、両線の接続駅である富士吉田駅が富士山駅に改称され、全線にわたって駅ナンバリングが導入されて、河口湖線にはFJ16(富士山)、FJ17(富士急ハイランド)、FJ18(河口湖)の番号が付された。2014年7月26日からはJR東日本の特急「成田エクスプレス」が河口湖まで直通運転を始め、2015年3月14日には同線にICカード「Suica」が導入された。
2019年3月16日にはJR中央本線から直通する特急「富士回遊」が定期列車として河口湖まで運行を開始し、最高速度が60キロメートル毎時から70キロメートル毎時へと引き上げられた。2022年4月1日、富士急行は鉄道事業を分割し、路線の運営は子会社の富士山麓電気鉄道に移管されたが、旅客に対しては富士急行線の名称が維持された。現在、普通列車はおおむね30分間隔で大月 - 河口湖間の全線を運行し、これに特急「フジサン特急」「富士山ビュー特急」「富士回遊」が加わる。河口湖線は観光客を河口湖までの最後の数キロメートル運び、車窓からはしばしば富士山を望める。
この路線の駅
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年表
- 19009月21日:富士急行線の前身である都留馬車鉄道が軌間762mmの路線を開業。
- 19296月19日:富士山麓電気鉄道が大月 - 富士吉田間(23.6km)の1,067mm電気鉄道を当初から電化して開業。現在の大月線で、河口湖線の延伸元となる。
- 19508月24日:富士山麓電気鉄道が富士吉田 - 河口湖間3.1kmの延伸区間(河口湖線)を開業(1975年4月に0.1km短縮され3.0kmとなる)。
- 19605月:運営会社が富士山麓電気鉄道から富士急行に社名変更。
- 196112月1日:河口湖線にハイランド駅(後の富士急ハイランド駅、FJ17)が開業。
- 19624月14日:新宿 - 河口湖間に急行「かわぐち」の運転を開始。
- 19784月1日:同線の車扱貨物の取扱を廃止。
- 19811月11日:ハイランド駅を富士急ハイランド駅に改称(あわせて暮地駅を寿駅に改称)。
- 198611月1日:新宿 - 河口湖間の急行「かわぐち」を廃止。
- 20117月1日:両線の接続駅である富士吉田駅を富士山駅に改称し、全線で駅ナンバリングを導入(河口湖線はFJ16 - FJ18)。
- 20147月26日:JR東日本の特急「成田エクスプレス」が河口湖まで直通運転を開始。
- 20153月14日:同線にICカード「Suica」を導入。
- 20193月16日:JR中央本線から直通する特急「富士回遊」が定期列車として河口湖まで運行を開始。最高速度を60km/hから70km/hに向上。
- 20224月1日:富士急行が鉄道事業を分社化し、同線の運営を子会社の富士山麓電気鉄道に移管。旅客案内上は「富士急行線」を継続使用。