上毛電気鉄道の路線約2分で読めます

上毛線

Jomo Line

上毛線(じょうもうせん)は、上毛電気鉄道(上電)が運営する営業キロ25.4キロメートルの鉄道路線で、群馬県前橋市の中央前橋駅と同県桐生市の西桐生駅を結ぶ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルトの架空電車線方式で電化されており、全線が単線である。赤城山の南麓に沿って走り、赤城山系を一望でき、桐生市内では渡良瀬川を渡る。沿線はおおむね小規模の町や農業地帯であり、現在は朝夕の高校生の通学輸送を主力としている。

前橋市5 km
上毛線の路線図 · 群馬県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、1910年代末から1920年代初めにかけて立案された電気鉄道の建設計画から生まれた。第一期建設区間である前橋 - 桐生間、および大胡から伊勢崎を経て本庄に至る計画線の建設免許が、1924年6月7日付で下りた。「上毛」の名称は1926年に設立された会社、すなわち上毛電気鉄道に継承され、同社が路線を建設し、以来一貫して運営している。

中央前橋 - 西桐生間の全線は1928年11月10日に一斉に開業し、当初から直流1,500ボルトで電化されていた。計画されていた大胡 - 伊勢崎 - 本庄間の支線は結局建設されず、その免許は1934年に正式に失効した。

開業からの数十年間、上毛線は地域の主要な交通機関としてにぎわい、東武鉄道の路線網との直通運転も実現した。1932年に東武鉄道桐生線が開業すると、太田 - 中央前橋間に直通列車が運転されるようになったが、この直通運転は1935年に廃止された。戦後にはこの結び付きが別の形で一時的に復活し、東武鉄道は1953年から週末に浅草 - 中央前橋間の夜行列車「赤城夜行」を、1956年からは直通の急行列車を運転したが、これらは1960年代初頭までに廃止された。路線そのものは1947年9月にカスリーン台風で被災して全線不通となり、その後段階的に復旧して、11月2日に全線で運転を再開した。

1960年代以降、沿線農村部で急速に進んだモータリゼーションにより、通学客以外の利用は減少していった。貨物営業は1986年11月1日に廃止され、路線は旅客専業となった。定期列車に使われる車両は他社からの譲渡車で、700型は元京王3000系、800形は元東京メトロ03系である。同鉄道は1928年の開業当時からの車両であるデハ100型101号も営業用として車籍を有したまま在籍させており、整備状態も良く、臨時・貸切列車の運転や、バラスト散布のための工事用臨時列車の牽引などになお活躍している。

上毛線は駅の新設や改称を続け、1993年には東新川駅を、1994年には病院の最寄り駅を開業し、1999年6月1日にはワンマン運転を開始した。近年は非接触式の乗車券に向けた取り組みを進め、2026年1月15日には地域連携ICカード「nolbé」を導入した。

この路線の駅

年表

  • 19246月7日:第一期建設区間である前橋 - 桐生間(および大胡 - 伊勢崎 - 本庄間の計画線)の建設免許が下付される。
  • 1926「上毛」の名称を継承して上毛電気鉄道(会社)が設立される。
  • 192811月10日:中央前橋 - 西桐生間が直流1,500Vの電化路線として全線一斉に開業。
  • 19323月18日:東武鉄道桐生線が開業し、太田 - 中央前橋間に直通列車の運転が始まる。
  • 193312月18日:赤坂駅が開業。
  • 193411月24日:未成の大胡 - 本庄間の鉄道免許が失効(起業廃止許可)。
  • 193512月1日:東武鉄道が太田 - 中央前橋間の直通運転を廃止。
  • 19397月11日:北原駅が開業。
  • 19479月:カスリーン台風被災により全線不通。区間ごとに復旧し、11月2日に全線運転を再開。
  • 195612月22日:東武鉄道が浅草 - 中央前橋間に直通の急行列車を運転開始(1953年開始の週末夜行「赤城夜行」に続く)。これら戦後の直通列車は1960年代初頭までに廃止。
  • 198611月1日:貨物営業を廃止し、路線は旅客専業となる。
  • 199310月19日:東新川駅が開業。
  • 19996月1日:ワンマン運転を開始。
  • 20261月15日:地域連携ICカード「nolbé」を導入。

出典