長崎電気軌道の路線約2分で読めます

蛍茶屋支線

Nagasaki Electric Tramway Hotarujaya Line

蛍茶屋支線(ほたるぢゃやしせん)は、長崎県長崎市において長崎電気軌道が運営する営業距離2.2キロメートルの軌道路線で、九州に位置する。軌間は1,435ミリメートル、全線複線で、直流600ボルト・架空電車線方式で電化されている。

西浜町停留場から東へ向かい、長崎電気軌道の車庫の一つが置かれる蛍茶屋停留場を終点とする。停留場は2.2キロメートルの区間に8つある。東端に車庫があるため、この支線には大半の系統の電車が乗り入れ、2号・3号・4号・5号の各系統がその全部または一部を走行する。本線のほか桜町支線とも接続しており、本線以外で複数の自社路線と接続する唯一の路線である。

長崎市2 km
蛍茶屋支線の路線図 · 長崎県 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

最初の開業区間は大正時代に、長崎駅前方面から続く路線の一部として開業した。1920年(大正9年)に古町 - 馬町間が開通し、馬町停留場が開業した。その後しばらくして、同じ年のうちに西浜町 - 古町間が、賑橋・酒屋町の両停留場とともに開業した。

まもなく車庫も設けられた。1922年(大正11年)3月24日、馬町停留場付近に馬町車庫が完成した。その後、支線は十年余りにわたり短いままで、東端まで達するのは昭和期に入ってからとなった。

1934年(昭和9年)10月25日に馬町車庫が閉鎖され、同年12月20日に市街地東端の蛍茶屋までが開通して、諏訪神社下・桜馬場町・中川町・蛍茶屋の各停留場がこの日にそろって開業した。同時にルートが変更され、もとの古町 - 馬町間が廃止された。終点には新たに蛍茶屋車庫が設けられ、1937年(昭和12年)3月に完成した。

1944年(昭和19年)1月、戦時下の急行運転に伴い酒屋町・桜馬場町の両停留場が廃止された。1945年(昭和20年)8月9日、長崎市への原子爆弾投下により路線は不通となり、同年11月25日に運行が再開された。戦後の数十年にも経路の調整は続き、1954年(昭和29年)3月1日のルート変更で古町停留場が廃止され桶屋町停留場が開業、後者は1963年(昭和38年)3月に公会堂前停留場へ改称された。

1962年(昭和37年)7月8日、蛍茶屋車庫から360形電車363号が逸走し、新大工町停留場に停車していた365号に追突する事故が起き、12人が死傷した。1982年(昭和57年)7月には長崎大水害により23日に運休し、2日後の25日に運行が再開された。1989年(平成元年)3月29日には、道路拡幅に伴って諏訪神社前 - 新中川町間の軌道が移設され、センターポール化された。

近年、停留場は段階的に改称されている。2018年(平成30年)8月1日には、西浜町停留場から分離する形で浜町アーケード停留場が開業した。同じ日に賑橋がめがね橋へ、公会堂前が市民会館へ、諏訪神社前が諏訪神社へと改称された。改称は2023年(令和5年)1月4日にも続き、市民会館停留場が市役所停留場へ改称された。

この路線の駅

年表

  • 1920最初の区間である古町 - 馬町間が、長崎駅前方面から続く路線の一部として開通。馬町停留場開業。
  • 1920続いて同年中に西浜町 - 古町間開通。賑橋・酒屋町停留場開業。
  • 19223月24日:馬町停留場付近に馬町車庫が完成。
  • 193410月25日:馬町車庫を閉鎖。
  • 193412月20日:蛍茶屋まで延伸開通。諏訪神社下・桜馬場町・中川町・蛍茶屋各停留場開業。ルート変更により古町 - 馬町間廃止。
  • 19373月:東端の終点に蛍茶屋車庫が完成。
  • 19441月:戦時下の急行運転に伴い、酒屋町・桜馬場町各停留場が廃止。
  • 19458月9日:長崎市への原子爆弾投下により不通。
  • 194511月25日:運行再開。
  • 19543月1日:ルート変更により古町停留場廃止、桶屋町停留場が開業。
  • 19627月8日:蛍茶屋車庫から360形電車363号が逸走し、新大工町停留場の365号に追突、12人が死傷。
  • 19633月:桶屋町停留場を公会堂前停留場に改称。
  • 19827月23日:長崎大水害により運休。7月25日に運行再開。
  • 19893月29日:道路拡幅に伴い、諏訪神社前 - 新中川町間の軌道移設、およびセンターポール化工事完了。
  • 20188月1日:浜町アーケード停留場が開業。賑橋をめがね橋へ、公会堂前を市民会館へ、諏訪神社前を諏訪神社へ改称。
  • 20231月4日:市民会館停留場を市役所停留場に改称。

出典