歴史
この路線は、旭川と釧路を結ぶ官設の幹線鉄道の一部として建設された。1899年9月1日、北海道官設鉄道によって十勝線として開業し、当初は旭川から美瑛までを結ぶにすぎなかった。鉄道は同年中に上富良野まで延伸され、さらに1900年8月1日に下富良野(現在の富良野)まで達して、現在の富良野線にあたる区間が全通した。
1905年に国の鉄道作業局による運営へと移った後、十勝線と、別に建設されていた釧路線とが1909年10月12日に統合され、旭川から下富良野・帯広を経て釧路に至る1本の路線となった。このため、旭川 - 富良野間の線路は、一時期、この幹線の一部を形成していた。
現在の路線としての姿は、1913年11月10日にさかのぼる。同日、滝川から下富良野への新線(57.6キロメートル)が開業し、滝川を経て帯広・釧路に至る経路が釧路本線(現在の根室本線の前身)と改称された。一方、それまでの旭川 - 下富良野間(54.8キロメートル)はその幹線から分離され、現在まで用いられている富良野線の名称が与えられた。
1926年5月24日、十勝岳の噴火による泥流が線路を襲い、美瑛 - 上富良野間が不通となった。1920年代から1930年代にかけては駅が順次増設され、1942年4月1日には下富良野駅が富良野駅に改称された。
戦後、1949年6月1日に移管された日本国有鉄道の下で、富良野線は蒸気運転から気動車運転へと転換され、直通の優等列車を失って、地方路線としての役割に落ち着いていった。1987年4月1日に国鉄が分割民営化されると、路線は新たに発足した北海道旅客鉄道(JR北海道)に引き継がれ、残っていた貨物営業も廃止された。
JR北海道の下で、この路線は観光に力を注いできた。1999年6月11日には中富良野駅 - 西中駅間に臨時駅のラベンダー畑駅が開業し、2007年10月1日には全線で駅ナンバリングが導入された。定期列車は普通列車のみで、観光シーズンには臨時列車が運行される。トロッコ列車「富良野・美瑛ノロッコ号」は、1998年から2026年まで夏の観光列車として運行された。
この路線の駅
年表
- 18999月1日:北海道官設鉄道が十勝線として旭川 - 美瑛間を開業(富良野線の起源)。
- 1899美瑛 - 上富良野間が延伸開業。
- 19008月1日:下富良野(現在の富良野)まで延伸し、現在の富良野線区間が全通。
- 19054月1日:北海道官設鉄道から国の鉄道(逓信省鉄道作業局)の運営へ移管。
- 190910月12日:十勝線と釧路線が統合され、旭川 - 下富良野 - 帯広 - 釧路間の1路線となる。
- 191311月10日:滝川 - 下富良野間(57.6km)が開業。滝川経由で釧路に至る経路が釧路本線と改称され、旭川 - 下富良野間(54.8km)が分離されて富良野線と改称される。
- 19265月24日:十勝岳の噴火による泥流で美瑛 - 上富良野間が不通となる。
- 19424月1日:下富良野駅が富良野駅に改称。
- 19496月1日:日本国有鉄道に移管。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道(JR北海道)が継承。残る貨物営業は廃止。
- 19996月11日:中富良野駅 - 西中駅間に臨時のラベンダー畑駅が開業。
- 200710月1日:全線で駅ナンバリングを導入。
出典
最終更新:2026年10月16日