歴史
この鉄道は、もっと長大な計画線の一部として始まった。改正鉄道敷設法別表第63号に掲げられたいわゆる遠美線は、静岡県の掛川から二俣・大野・浦川・武節を経て岐阜県の大井に至る予定線であった。このうち大井(現・恵那) - 明知間は、岐阜県選出の衆議院議員・古屋慶隆の活動などにより建設が決定し、1933年から1934年にかけて段階的に開業した。
最初の区間である大井 - 阿木間は1933年5月24日に開業し、東野駅と阿木駅が新設された。1934年1月26日には阿木 - 岩村間が、同年6月24日には岩村 - 明知間が延伸開業して全線が開通し、遠山駅と明知駅が新設された。路線は、先に開業していた岩村電気軌道(1906年に岩村 - 大井間で開業した岐阜県初の私鉄)が経由しなかった阿木村を経由したため、東へ迂回した。大井 - 飯羽間間に急カーブや急勾配、トンネルが生じたのは、この迂回のためである。岩村電気軌道は明知線の開業後の1935年に廃止された。
利用の少ない支線であったため、この路線は繰り返し廃止の候補に挙げられた。国鉄は、戦時中に休止していた白棚線を1957年にバス専用道路として再開させたのを機に、1958年、営業成績の悪い明知線も同様にバス転換することを検討したが、勾配の問題などから中止した。1968年には国鉄諮問委員会がいわゆる「赤字83線」の一つとして廃止を提言したが、この取り組みが頓挫し路線は存続した。しかし国鉄再建法の成立後、1981年に第1次廃止対象の特定地方交通線に指定され、1981年9月18日に廃止が承認された。
路線は廃止される代わりに、第三セクター事業者へ転換された。1985年11月16日、営業キロ25.2キロメートルの国鉄明知線が廃止され、同日に明知鉄道明知線(恵那 - 明智間、25.1キロメートル)として開業した。このとき明知駅は、町名に合わせて「明智」という少し異なる表記に改称された。転換後、同社は飯沼駅(1991年)、野志駅(1994年)、極楽駅(2008年)と複数の新駅を設け、2011年には花白駅を花白温泉駅に改称した。
この路線は古い設備を徐々に手放し、運行形態も変えていった。貨物営業はすでに1981年2月1日に廃止されていた。2004年3月には閉塞方式が特殊自動閉塞式に変更され、中部地方に残っていた最後の腕木式信号機の使用が停止された。2011年3月12日からは急行「大正ロマン号」が1日1往復運転されるようになり、月曜日を通常の運休日としている。下り明智行きでは食堂車を連結し、その乗客が車窓を楽しめるよう、各駅停車よりもあえて遅い時間設定とされている。
明知鉄道は食堂車を連結した列車を1日1往復運行し、寒天や自然薯、きのこなどの食材を使った季節の郷土料理を提供している。このほか日本酒を味わう列車が運行され、線内では蒸気機関車も走る。列車の貸切も可能で、毎月、子どもや大人がディーゼル機関車の運転を体験できるイベントも開かれている。気動車には、NHKの2018年の連続テレビ小説『半分、青い。』や、2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』にちなんだラッピングも施された。後者は、終点の駅名と同じ名を持つ明智光秀を主人公としている。
この路線の駅
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年表
- 19335月24日:最初の区間である大井(現・恵那) - 阿木間(10.0km)が開業。東野駅・阿木駅を新設。
- 19341月26日:阿木 - 岩村間(5.0km)が延伸開業。岩村駅を新設。
- 19346月24日:岩村 - 明知間(10.2km)が延伸開業して全通。遠山駅・明知駅を新設。
- 195612月20日:遠山駅を山岡駅に改称。
- 19591月10日:飯羽間駅を新設。
- 196311月1日:大井駅を恵那駅に改称。
- 196711月15日:花白駅を新設。
- 1968国鉄諮問委員会が「赤字83線」の一つとして廃止を提言するが、取り組みが頓挫し路線は存続。
- 19812月1日:貨物営業を廃止。9月18日:第1次廃止対象特定地方交通線として廃止が承認される。
- 198511月16日:国鉄明知線(25.2km)が廃止され、同日に明知鉄道明知線(恵那 - 明智間、25.1km)として開業。町名に合わせ明知駅を明智駅に改称。
- 199110月28日:明知鉄道転換後の新駅として飯沼駅を新設。
- 199412月15日:野志駅を新設。
- 20043月25日:閉塞方式を特殊自動閉塞式に変更し、中部地方に残った最後の腕木式信号機の使用を停止。
- 200812月25日:極楽駅を新設。
- 20113月12日:花白駅を花白温泉駅に改称。急行「大正ロマン号」の運転を開始。
出典
最終更新:2026年10月16日