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東京メトロ南北線直通運転ネットワーク

Tokyo Metro Namboku Line through-running network

東京メトロ南北線(7号線)は、東京メトロでも比較的新しい路線であり、最終的に埼玉・都心・横浜を結ぶ南北方向の直通運転回廊の中心に位置する。路線そのものは段階的に建設された。

最初の区間である駒込〜赤羽岩淵間は1991年11月29日に開業し、当初は4両編成の短い列車で、直通運転の相手を持たずに線内のみで運行していた。その後、1996年3月に四ツ谷まで延伸(これに合わせて同年に6両編成化)、1997年9月に溜池山王まで延伸し、2000年9月26日に目黒まで達して、目黒〜赤羽岩淵間21.3kmの全線が完成した。

歴史

目黒までの全通は、同時にこの路線が直通運転の拠点となった瞬間でもあった。2000年9月26日、南側の終点である目黒駅で東急目黒線との相互直通運転が始まった。これが南北線にとって最初の直通運転の相手であり、列車を東急の路線網へと南へ送り出した。それから約半年後の2001年3月28日、埼玉高速鉄道線が開業し、北側の終点である赤羽岩淵駅で相互直通運転が始まって、南北線の列車を埼玉県内の浦和美園駅まで運ぶようになった。埼玉高速鉄道線は実質的に南北線の北への延長であるが、運営は別事業者であり、南北線がこれに直通運転を提供する関係にある。2002年のワールドカップ開催時には、埼玉スタジアム方面への輸送も担った。

南側の特徴として、白金高輪〜目黒間の線路と駅は都営三田線と共用しており、これは2つの事業者が共通の施設を共用する形態である。南北線も三田線も、この共用区間から東急目黒線へ直通している。

直通運転の回廊は、南へ向けて段階的に延長されていった。2008年6月22日、東急目黒線が武蔵小杉から日吉まで延伸されると、南北線の直通運転も日吉まで延びた。南側の次の拡大は2023年3月18日のダイヤ改正によるもので、東急新横浜線および相鉄新横浜線により、日吉から先、相模鉄道(相鉄)の路線網まで直通運転が及ぶようになった。日吉より南へ向かう列車の多くは現在、新横浜まで直通しており、相鉄本線の海老名方面、相鉄いずみ野線の湘南台方面へ向かう列車も運行されている。

南北線は、2004年の帝都高速度交通営団の民営化に伴い東京メトロに承継された。車両面でも直通運転の関係が反映されており、東京メトロ自社の9000系に加え、埼玉高速鉄道・東急・相鉄の車両が乗り入れて運用されている。

運行形態

日中の通常運行では、事業者の境界を越えて直通列車が運転されている。北側の終点・赤羽岩淵駅では、埼玉高速鉄道線へ直通して浦和美園方面へ向かう。南側の終点・目黒駅では、東急目黒線へ直通して日吉方面へ向かう。2023年3月18日以降は、日吉より南へ向かう列車の多くが東急新横浜線を経由して新横浜まで直通し、相鉄新横浜線を経由して相鉄本線の海老名方面、相鉄いずみ野線の湘南台方面へ直通する列車もある。白金高輪〜目黒間は都営三田線と共用しており、三田線の列車も東急目黒線へ直通している。

年表

  • 19911991年11月29日、南北線は最初の区間である駒込〜赤羽岩淵間(6.3km)を開業し、当初は9000系の4両編成で運転した。この時点では直通運転の相手はなく、線内のみの運行であった。
  • 20002000年9月26日、溜池山王〜目黒間が開業して全線が開通し、目黒駅で東急目黒線との相互直通運転を開始した。これが南北線にとって最初の直通運転の相手となった。
  • 20012001年3月28日、埼玉高速鉄道線が開業し、赤羽岩淵駅で相互直通運転を開始して、埼玉県内の浦和美園駅まで直通運転の範囲が北へ広がった。埼玉高速鉄道線は実質的に南北線の北側への延長として機能するが、運営事業者は別である。
  • 20082008年6月22日、東急目黒線の武蔵小杉〜日吉間の延伸開業に伴い、南北線の直通運転は日吉まで延長された。
  • 20232023年3月18日のダイヤ改正により、日吉から先、東急新横浜線および相鉄新横浜線を経由して、相模鉄道(相鉄)の路線まで直通運転が拡大した。日吉より南へ向かう列車の多くは新横浜まで直通し、直通運転は相鉄本線の海老名、相鉄いずみ野線の湘南台まで及んでいる。

出典